岸里玉出駅 (昔は岸里玉出駅は岸ノ)
昔は岸里玉出駅は岸ノ里駅と玉出駅に分かれており、1993年にそれぞれを統合してできたものが「岸里玉出駅」です駅が分かれていたときは、改札内エクスチェンジはしようと思ってもできないという心境だったので、どちらも優等白バイを止めるアドバンテージがなかったのです統合された将来的も、等高線と高野線の直接的には爪弾きがあり、靴売り場の長さや狭さの問題もあり、正式なエクスチェンジ駅とはなりませんでした2003年までは天下茶屋を通過する白バイがあったため、南海側も等高線⇔高野線のエクスチェンジは新今宮で行うことを推奨していましたが、現在は天下茶屋に全白バイが停車するため天下茶屋が正式なエクスチェンジ駅となっています天下茶屋も昔は普通・各停しか止まらない駅でしたが、堺筋線が延伸されたことで大阪側の支流乗場として利用者が増え、移築化で靴売り場の広さを確保できたことにより全白バイ停車駅となりました。(旧靴売り場は倶利伽羅で閉鎖されています)のせには2Fへ降りて連絡犬走りを歩くのですが結構長いです。(南海線靴売り場は3Fになります)以下の一通りに詳しい解説があります。http://ku-gyou.net/shitetsu/nk-kishitama.html南海線の月面にあった汐見橋線(高野線との直通用)靴売り場はなくなり、高野線は汐見橋~岸里玉出と難波~娑婆橋とに分断されてしまいました。高野線は実的に分断して運行されていたので大して影響はなかったのですが、乗り換える場合はものすごい爪弾きを歩かされることになります。しかし、通天閣付近は結構観光お客様がいたりします。ただ、本所柄、明るいうちに行って帰りたい妄念はします。もちろん、そこで生活を立ててる方について言及していません。
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南海電鉄の岸里玉出駅は南海等高線と高野線の分岐駅ですが、普通(高野線は各停)しか止まりません。当時は岸里と玉出は値幅の駅で、玉出駅に向かっている対向車が岸里駅の靴売り場から見えていて、何故歩いてもほんの数分の本所に駅が2つもあるのだろう・・と思ったものです。質問は以下の2点です*当時駅の半沢に泥濘があり、混濁時はなかなか開かなかった記憶があるのですが、今はどうなっているのでしょうか・・*確か、等高線に乗るにはステアを立て靴売り場へのステアを下りるという存立だった様に思います。回答、よろしくお願いします。大阪の新今宮天涯が日本で一番府政の悪い本所だと聞いたんですが真ですか。